大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和22年(行)51号 判決

原告 幕田安兵衛 外三名

被告 福島県知事

主文

一、福島県農地委員会が、昭和二十二年八月六日別紙目録記載の土地中進行番号(1)、(2)、(7)の土地についてした訴願棄却の裁決を取消す。

二、原告八巻庫太のその余の請求及び原告八巻長重の請求を棄却する。

三、訴訟費用中原告幕田安兵衛及び原告八巻今朝吉と被告との間において生じた部分はそれぞれ全部被告の負担とし、原告八巻庫太と被告との間において生じた部分はこれを五分しその一を同原告の負担とし、その余を被告の負担とし、原告八巻長重と被告との間において生じた部分は全部同原告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「福島県農地委員会が、昭和二十二年八月六日原告等所有の別紙目録記載の土地についてした各訴願棄却の裁決は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

第一、別紙目録記載の物件中、進行番号(1)の山林(以下単に「山林(1)」という。他もこれに準ずる。)は原告幕田安兵衛の、山林(2)ないし(6)は原告八巻庫太の、山林(7)は原告八巻今朝吉の、山林(8)は原告八巻長重の各所有であるが、訴外山舟生村農地委員会(現在梁川町農業委員会)は、昭和二十二年五月二十三日自作農創設特別措置法(以下単に「自創法」と略称する。)第三十条、第三十一条に基き右山林(1)ないし(8)の山林を対象として未墾地買収計画を樹立した。しかし原告等は、いずれも右買収計画に不服であつたから、原告安兵衛、同庫太、同長重は同年六月三日、原告今朝吉は同月四日同農地委員会に対してそれぞれ異議の申立をしたところ、同農地委員会は、右異議の申立をいずれも棄却したので、原告安兵衛、同庫太、同今朝吉は同月二十三日、原告長重は同年七月一日更に福島県農地委員会(現在消滅)に対して訴願を提起したが、同農地委員会は、同年八月六日右の訴願を、いずれも棄却する旨の裁決をした。

第二、然し乍ら、山舟生村農地委員会の樹立した前示山林(1)ないし(8)を対象とする未墾地買収計画には、次のような違法がある。即ち、

(イ)、山林(1)を対象とする買収計画は、伊達郡梁川町大字山舟生字大下百九十三番山林一町歩中の五反歩に関するものであるが、その買収区域は、買収計画では特定されていない違法があるのみならず、この山林は、開墾地としては非常に遠距離のところにあり、且つ北向で原告安兵衛所有の杉林の蔭になつているので、農作物の栽培に適しないのであるから、このまま畑として開墾することは不適当であるので、原告安兵衛において現に造林中である、原告安兵衛は、将来、右杉林を伐採した上用水堀を建設する等大規模の計画で、水田として自己開墾の予定もあるのである。

(ロ)、山林(2)は、北向きの三十度以上の傾斜地であり、土質は砂地で石礫の多い湿地帯であるから、開墾不適地である。しかのみならず、現在原告庫太においてここに杉を植栽しているのであるが、今これを伐採しても何等の用途にも使えないものである。

(ハ)、山林(3)ないし(6)は、赤土で石礫が多く、諸処に岩石が突出しておるのみならず、北向で一部には平坦部があるけれども殆んど二十度位の傾斜地で開墾には適しない。原告庫太は、この山林に数年前から栗・楢等を造林中であるから、畑とするよりも造林した方が国家経済上から見てもより一層有利である。

(ニ)、山林(7)を対象とする買収計画は、伊達郡梁川町大字山舟生字屏風ケ作百八十七番の二山林六反歩の内の三反歩に関するものであるが、その買収区域は、買収計画では西側三反歩というだけで特定されていない違法がある。(買収令書も同様特定されていない)のみならず、この山林は、訴外八巻善之助外九名の者が耕作している水田一町五反歩の水源地となつていて、旱魃期には、その蒙利区域の水稲が枯死する状況にあるのであるから、この山林を開墾すれば右一町五反歩の水田は水源地を失い、しかも上流から砂が流失することによつて耕作不能となる虞がある。また土質も粘土質の赤土で開墾不適地である。

(ホ)、山林(8)は、原告八巻長重所有にかかり訴外幕田惣八の耕作する水田五畝九歩の水源地であるから、これを開墾すれば右水田の水源は枯渇する結果となる。しかも土質は砂まじりの粘土であつて、明治十四年頃一度開墾したことがあつたところ、下方の水田を土砂で埋没したため再び山林になした事実もあるのであるから開墾には適しない。

以上のとおりであつて、山舟生村農地委員会の樹立した右山林(1)ないし(8)を対象とする未墾地買収計画は違法なものであるにかかわらず、この違法な買収計画を支持して原告等の訴願を排斥した福島県農地委員会の本件各裁決も亦違法なものであるから取り消さるべきである。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の連帯負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因中、第一の事実は全部認めるが、第二については次のように主張する。

(イ)、山林(1)は、地形、土質共に開墾適地である。原告安兵衛は、この山林は、畑にはならないが田にはなるというのであるから、その主張自体によつても開墾適地たることは明らかである。

(ロ)、山林(2)は、日当りは中位であり、傾斜は一部に三十度ないし三十五度の部分もあるが全体としては開墾適地である。原告庫太の主張するように、この土地に杉立木が成立していることは認める。

(ハ)、山林(3)ないし(6)は交通至便のところにあつて、土質は多少の小石がまじつてはいるが附近の既耕地に較べて大差なく、開墾適地である。原告庫太主張のように岩石の突出した土質不良の土地ではない。

(ニ)、山林(7)は、用水源を考慮して東半分を残し、西側三反歩を買収することに計画したものである、そして東側半分が残つている以上用水源に不足はなく、又土質も良好である。

(ホ)、山林(8)はここを開墾しても下方の水田には何等の影響を与えない。この山林の東部及び北部には山林地帯があつて、下方にある水田の用水源は確保されている。

以上のとおりで、山舟生村農地委員会の樹立した山林(1)ないし(8)を対象とする買収計画は適法であり、この計画を支持する福島県農地委員会のなした訴願の裁決も適法であるから、原告等の本訴請求は、いずれも理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

第一、別紙目録記載の物件中、山林(1)は原告安兵衛の、山林(2)ないし(6)は原告庫太の、山林(7)は原告今朝吉の、山林(8)は原告長重の各所有であること、訴外山舟生村農地委員会(現在梁川町農業委員会)は、昭和二十二年五月二十三日自創法第三十条、第三十一条に基いて、右山林(1)ないし(8)を対象として未墾地買収計画を樹立したこと、この計画に対して、原告安兵衛、同庫太、同長重は同年六月三日、原告今朝吉は同月四日、同農地委員会に対しそれぞれ異議の申立をしたが、いずれも棄却されたので、原告安兵衛、同庫太、同今朝吉は同月二十三日原告長重は同年七月一日、福島県農地委員会(現在消滅)に対して訴願を提起したところ、同委員会は、同年八月六日右の各訴願を棄却する旨の裁決をしたことは当事者間に争がない。

第二、そこで、山舟生村農地委員会の樹立した右未墾地買収計画並びに福島県農地委員会のなした本件訴願の裁決の当否について判断する。

(イ)、山林(1)を目的とする買収計画は、伊達郡梁川町大字山舟生字大下百九十三番の山林一町歩の内五反歩に関するものであるところ、その買収区域が買収計画自体の中で特定されていないこと、及び山林(7)を対象とする買収計画は、大字山舟生字屏風ケ作百八十七番の二の山林六反歩の内三反歩に関するものであるところ、その買収部分は買収計画では単に西側三反歩というだけであつて、これまた買収計画上で特定していないことについては、被告は、明らかに争わないし弁論の全趣旨によつてもこれを争つていないものと認められるので、被告においてこれを自白したものとみなすべきである。そうであるとすれば、山林(1)及び(7)に関する買収計画は、買収土地を特定していないから、この点を看過して、該買収計画を支持し、原告安兵衛並びに原告今朝吉の訴願を棄却した福島県農地委員会の裁決は、その余の点について判断するまでもなく、違法な処分として取消すべきものである。(なお弁論の全趣旨によると右(1)の山林については字大下一九三番山林五反歩、(7)の山林については字屏風ケ作一八七番ノ二山林三反歩として買収令書を発行交付していることが認められるのである)

(ロ)、検証の結果(第一、二回)鑑定人高橋則安の鑑定の結果を総合すれば山林(2)は、中央部約三十パーセントが平均十三度の傾斜地、上部及び下部約七十パーセントが平均十八度の傾斜地で土層の厚さ(底岩又は盤層までの深さ、以下同じ)は平均一米以上、土性は砂壌土、礫度(礫を除去するに要する反当歩掛り、以下同じ)は十度以下であること、急傾斜の雑木林に挾れた細長い沢沿いの幾分湿地帯で、両側の雑木林の成長に連れて日射も不良となることが認められ、右認定に反する証拠はない。以上認定の事実によれば山林(2)は開墾不適地というべきであるから、これを買収する旨の山舟生村農地委員会の計画は違法であり、この点を看過して右買収計画を支持し、原告庫太の訴願を棄却した福島県農地委員会の裁決もまた違法であつて取消さるべきものである。

(ハ)、前掲各証拠によれば、山林(3)ないし(6)は、傾斜は山林(3)が平均十三度、山林(4)は最急十四度平均十度、山林(5)は平均八度、山林(6)は平均十一度で、土層の厚さは、山林(3)及び(4)が平均六十糎、山林(5)及び(6)が平均四十五糎で、土性はいずれも壤土、礫度は、山林(3)、(4)、(6)が十度ないし三十度、山林(5)が十度以下であること、特に山林(5)は往時一度耕作の用に供した形跡があること、等が認められ、右認定に反する証拠はない。以上認定事実によれば山林(3)ないし(6)はいずれも開墾適地と解するのが相当である。原告庫太は右各山林は栗、楢等の雑木林であつてこれを畑とするよりも造林した方が国家経済上有利であると主張するが本件土地が開墾適地(社会通念上開墾可能な土地)である以上、これを買収することは原則として自創法第三〇条第一項の「自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するため必要があるとき」に該当し、これを買収して農地とするときは、従来これを薪炭林に利用していた農家の農業経営を不可能ならしめる等却て自創法第一条に掲げられた目的に背反する結果となる場合にのみ例外として右買収が違法になると解すべきところ、同原告の主張するような事情はいまだ以て右各山林の買収を違法ならしめるものではない。けだし、土地の如何なる利用方法が国家経済上有利であるかは主として国家の政策によつて定まり、その政策は立法府又は行政府が決定すべきものと解すべきところ、自創法第一条及び同法制定の経過に徴すれば、同法は農地又は農地となり得べき土地(すなわち開墾適地)は他の用途に優先して同法第一条に掲げられた目的のための用途に供すべき旨の政策実現のため制定されたものと解すべきであるからである。従つて同原告の右主張は採用の限りではないから山林(3)ないし(6)に関する買収計画は適法であり、これを支持した訴願の裁決も適法であるから、この部分に関する原告庫太の請求は失当である。

(ニ)、前掲各証拠、証人幕田惣八の証言によれば、山林(8)は、傾斜は下部に約十パーセント十九度の傾斜部分があるが、大部分十三度以下で平均は九度三十分、土層の厚さは平均四十五糎、土性は砂壌土、礫度は十度ないし三十度であることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば右山林は開墾適地であるというべく、前述のように開墾適地を買収することが例外として違法となると主張する者はその事由を主張立証する責任を負担すると解すべきところ、原告長重は右山林を開墾すれば、その下方にある同原告所有の訴外幕田惣八の耕作している水田五畝九歩の水源が枯渇し、又は土砂が流失して右水田を埋没する虞があると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、却て前記各証拠によればその虞がないことが認められる。従つて、山舟生村農地委員会の樹立した山林(8)に関する買収計画は適法なもので、これを支持する福島県農地委員会の訴願の裁決もまた適法であるから、原告長重の本訴請求は失当である。

以上のとおりで、山林(1)に関する原告安兵衛の、山林(2)に関する原告庫太の、山林(7)に関する原告今朝吉の各請求部分は正当であるからこれを認容すべきであるが、山林(3)ないし(6)に関する原告庫太及び山林(8)に関する原告長重の各請求は理由がないから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 滝川叡一 吉永順作)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例